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一分咲き

今日は、冷え込んでいる。

お城の桜も一分咲き。

花見には、少し早いようだ。

松江の桜の開花は、3月22日じゃったと記憶しているのだが、昨日はみぞれ交じりの雨が降るなど、随分冷え込んだ。
そんな影響からか、桜の花ものんびりと開花しそうだ。

もうじきに、花見のシーズンを迎える。

そんな松江城に立ち寄ってみた。



   桜(3.28ー1)    桜(3.28ー2)


職場に出るまでの僅かな時間に撮影した桜じゃ。

花見について調べてみた。


桜の木は日本全国に広く見られその花は春の一時期にある地域で一斉に咲き、わずか2週間足らずという短い期間で散るため毎年人々に強い印象を残し、日本人の春に対する季節感を形成する重要な風物となっている。
その開花期間の短さ、そしてその花の美しさはしばしば人の命の儚さになぞらえられる。
そのためか古来、桜は人を狂わせるといわれ、実際花見の席ではしばしば乱痴気騒ぎが繰り広げられる。
一方で花を見ながら飲む酒は花見酒と呼ばれ、風流だともされている。
陰陽道では、桜の陰と宴会の陽が対になっていると解釈する。

花見は奈良時代の貴族の行事が起源だと言われている。
奈良時代には中国から伝来したばかりの梅が鑑賞されていたが、平安時代に桜と変わってきた。
その存在感の移り変わりは歌にも現れており『万葉集』において桜を詠んだ歌は40首、梅を詠んだ歌は100首程度だが、平安時代の『古今和歌集』ではその数が逆転する。
また「花」といえば桜を意味するようになるのもこの頃からである。

『日本後紀』によると、嵯峨天皇が812年(弘仁3年)に神泉苑にて「花宴の説」を催した。
これが記録に残る最初の桜の花見だとの説がある。
831年(天長8年)から場所は宮中に移り、天皇主催の定例行事として取り入れられていった。
その様子は『源氏物語』「花宴」に描かれる。
『源氏物語』には藤を鑑賞する宴会についての記述もあるが、この頃には「花」はほぼ桜と同義に使われるようになっていたためか桜以外の花を観賞する宴が花見、花宴といわれることはない。

吉田兼好の『徒然草』には貴族風の花見とそうでない田舎ぶりの花見の違いが説かれており、室町初期には地方の武士階級にも花見の宴は行われていたことが伺える。

織豊期には野外に出て花見をしたことが、絵画資料から確認される。この時期のもっとも大規模な花見は豊臣秀吉の醍醐の花見である。

花見の風習が広く庶民に広まっていったのは江戸時代、徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれている。
江戸で著名な花見の名所には愛宕山などがある。
この時期の花見を題材にした落語としては『長屋の花見』や『あたま山』がある。


   出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



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