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毒ガスの島

昨日、瀬戸内海に浮かぶ「毒ガスの島」へ行ってきた。
たぬきが、久しぶりにブログを書くと何ともぶっそうなタイトルだと思われるかもしれない。

広島県竹原市にある「大久野島」というのが、この島の名前。
この島では、大日本帝国陸軍が太平洋戦争で使用するために秘密裏にここで毒ガスを製造していた。
周囲が4㎞程度の小さな島で恐ろしい毒ガスが製造されていたとは・・・
そう思うと戦争というものの残虐性を感じる。

一方、この島には、今でも毒ガスの関連施設が残されており、戦争の遺構として貴重なものだとも思った。

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島の船着場から上がった所にこのような島の案内板がある。

そして、陶磁器製毒ガス製造器具が展示してある。

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また、しばらく歩いて行くと毒ガス資料館や毒ガス研究所跡がある。 

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昨日は、熱さも厳しくこの島の全ての関連施設を訪れることはできなかったが、悲惨な戦争の一端を垣間見ることができた。

大久野島(おおくのしま、おおくのじま)は、瀬戸内海芸予諸島の一つであり、広島県竹原市に属する有人島。

「ウサギの島」「毒ガスの島」として知られる。

この島では、昭和4年(1929年)から昭和20年(1945年)まで、太平洋戦争で使用するための毒性のガスが大日本帝国陸軍によって秘密裏に製造されていた。
この時代まで島内には民家7戸・住人数10人がおり農耕を営んでいたが、毒ガス製造が始まった時に強制退去となった。

作られていた毒ガスの種類は血液剤、催涙剤、びらん剤、嘔吐剤の4種で、戦争末期には風船爆弾の風船部分も作られていた。
毒ガスやそれに関する機器は終戦直後旧日本軍が証拠隠滅を図り海洋投棄し、その後進駐軍が島全体を接収し海洋投棄・埋設・焼夷剤で焼却するなどの無毒化処理が施された。
          By ウィキペディア     


このように、広島県には原爆ドームを始めとする戦争に関連する施設がある。
戦争の悲惨さや残虐性について、忘れてはならない人類の記憶として残しておかなければならないと改めて感じた、たぬきだった。



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