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インド紀行(No.9)

そして、16:55ラジギールの手前にあるナーランダ仏教大学跡に到着した。
パトナの空港を出発してから2時間30分。
太陽も西に大きく傾いていた。

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仏教大学跡に入った所の門扉の状況。
門扉の外には、多くの物売りや物乞いをする人たちがいる。
17:00には閉門らしいが、それまでに入場すれば見学は可能とのこと。

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マガダ国の故地ラジギールから北に約15kmにある仏教遺跡です。
お釈迦様の十大弟子のなかで智慧第一と名声高い舎利佛尊者は、お釈迦様に先立って入滅(お亡くなり)になりました。
その際、お釈迦様に帰郷して入滅することを願われ、舎利佛尊者を慕う弟子達と共にこの地に故郷されて入滅されました。
その後、この地に舎利佛尊者の仏塔が建立され、智慧第一の尊者に由来して僧院が造られる、5世紀には大規模な仏教教学の拠点が建立されました。
その後、7世紀と9世紀に大改築が施されたといわれています。
特に、7世紀には中国僧「玄奘三蔵法師」がこの地を訪れ、6年間滞在した後、仏教経典を中国に持ち帰り、訳業に従事しました。
玄奘三蔵法師の残した文献に、学僧の数1万、教師の数千五百と当時の様子が記されています。
また、9世紀になると密教学が盛んとなり、ナーランダ仏教大学の学長がチベットに招来され、中国からの仏学を論破したことにより、チベットに今日のチベット仏教が根付いたとされています。
ナーランダ仏教大学は、まさに私達をはじめとする後期仏教の故郷と申しても過言ではありません。
残念なことに、12世紀になると、この地に侵入してきたイスラム教徒により破壊され、楼閣や蔵経所に保管されていた経典類を火を放ち、その炎は半年間に亘って燃えていたといわれています。
現在の遺跡は当時の六分の一の規模ですが、寺院の跡が6カ所、僧院の跡が11カ所発掘されており、壮大な当時の様子を計り知ることができます。
          By トラベル サライ   


仏教伝来に大きく寄与した中国僧「玄奘三蔵法師」がこの地を訪れ、6年間滞在したところと聞き、改めて歴史の重さを感じた。

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添乗員さんから広大な敷地と建物跡の説明を受ける。

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学僧たちの部屋だった場所。

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仏像が安置されていた場所の説明を受ける。

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宿坊等の説明を受けてから仏塔へ向かう。        

つづきは、また次回・・・



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