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山口にて(その3)

今日は、長門市にある「青海島」について書くことにする。

たぬきは、若い時には島根県益田市に住んでいた。
その当時は、車で山口県の日本海側へ、よくドライブしていたものだ。
青海島は、長門市の仙崎というところの北に接する島だ。

この島には、標高300mを越える場所もあり、島の日本海を望める場所を縦断するように遊歩道が整備されている。
久しぶりに訪れた青海島だったが、昔の記憶も蘇ってきた。

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海の透明度も高く、ダイビングをする人も多いと聞く。

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青海島(おおみじま、おうみじま)は、山口県長門市の北、日本海に浮かぶ島である。

面積14平方キロメートル、周囲は約40キロメートル。
本土との間は青海大橋で連絡されている。
島の最高点は北東側にある高山319.9メートル。
いくつかの島が砂州でつながってひとつの島となっている。
島の北岸は日本海の荒波を受けた浸食地形となっており、その奇岩の並び立つ様子は「海上アルプス」とも称される。
対岸の仙崎港から観光遊覧船が発着しており、島の外周を一周することができる。
島の南西には砂州の波の橋立に囲まれた潟湖の青海湖(おおみこ)がある。

元々は本土の一部を含めて大津郡仙崎通村(せんざきかよいむら)という一つの村であったが、青海島東部が通村に、西部と本土部分が仙崎村に分かれた後、1954年(昭和29年)に周辺の町村と共に長門市の一部となった。
北長門海岸国定公園を代表する景観の一つ。
日本百景に選定されている。
また国の名勝および天然記念物に指定されている。

通(かよい)地区はかつて沿岸捕鯨の基地として栄えた地域である。
向岸寺には当時捕獲された鯨の胎児を埋葬するための「鯨墓」(1692年建立、国の史跡)があり、約70体の鯨の胎児が埋葬されているほか、毎年鯨回向が執り行われ、鯨の霊を弔っている。
また、現在でも地域に伝わる伝統芸能として「通鯨唄」が歌い継がれている。
当時の沿岸捕鯨の様子については、向岸寺そばの「くじら資料館」に詳しい展示がある。

大日比に県花の夏みかん原樹があり、200年以上実をつけているが、今は根だけが原樹で上は接木である。
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山口にて(その2)

たぬきは、山口県岩国市にある錦帯橋を訪れた。

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ここに来たのは、平成25年以来。5年ぶりか?
しかし、いつ見てもこの橋の景観には、心を惹かれるものがある。
木製のアーチ状の橋が、5つ連なっているのも素晴らしい。
しかも、釘が1本も使われていないというのも驚きだ。

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橋のアーチ部分は、写真のように、床の下の部分が段差の低い階段状になっており、比較的歩きやすくなっている。
これも先人の知恵なのだろうと、感心しきりのたぬきじゃった。

錦帯橋(きんたいきょう)は、山口県岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋である。

日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。
藩政史料には「大橋」と表記されることが多く、また「凌雲橋(りょううんばし)」、「五竜橋(ごりゅうばし)」、「帯雲橋(たいうんばし)」、「算盤橋(そろばんばし)」などとも呼ばれていた。
「錦帯橋」という美名は完成後に定着した説が有力とされている。
文書による初出は宇都宮遯庵の記述した文書内である。

5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、主要構造部は継手や仕口といった組木の技術によって釘は1本も使わずに造られている。
石積の橋脚に5連の太鼓橋がアーチ状に組まれた構造で、世界的に見ても珍しい木造アーチ橋として知られる。
また美しいアーチ形状は、木だけでなく、鉄(鋼)の有効活用がなされて初めて実現したものである。
杭州の西湖にある堤に架かる連なった橋からヒントを得て1673年に創建された。
西湖の錦帯橋とは2004年に姉妹橋となっている。
現在そのほとりには錦帯橋友好の石碑が建立されている。

1950年(昭和25年)の台風で全て流失したため、現在の橋は1953年(昭和28年)に建造当時のまま復元されたものである。

桜の名所として、吉香公園と共に日本さくら名所100選に選定されている。
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住職ノート
9月前半の法語です。

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山口にて(その1)

数年ぶりに山口県に行った。
山口を一周するように回ったのだが、今回は訪れた所をランダムに紹介しようと思う。
今日は、山口県の北西に位置する「角島大橋」。
全長1,780mのこの橋は、日本でも有数の絶景だ。

たぬきは、数年前にもこの橋を訪れたのだが、その時は天候が悪くいい写真が撮れなかった。
今回は・・・
コバルトブルーの海とどこまでも続くような橋とのコントラストが素晴らしい。

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天候にも恵まれ、ほぼ納得できるショットになったようだ。

角島大橋(つのしまおおはし)は、山口県下関市豊北町神田と同市豊北町角島間の海士ヶ瀬戸に架かる橋。

1993年(平成5年)9月6日に着工し、2000年(平成12年)11月3日に開通した。
総工費149億円。
山口県道276号角島神田線の一部。
かつて、角島へは渡船による交通が主であったが、完成により陸路でつながった。
当初は(県道ではなく)豊北町道として建設された(過疎代行道路整備事業として山口県が発注)こともあり、道路構造令の第三種第四級で設計が行われた。
このため、最高速度は40 km/hに制限されており、強風時には一般車両が通行止めになる。

北長門海岸国定公園内に位置することから、橋脚の高さを押さえ、周囲の景観に配慮した構造となっている。
また、架橋ルートの選定にあたっては、本土と角島の中間に位置する鳩島に橋脚を建設する案も検討されたが、自然景観保護の観点から島を迂回する現在のルートが採用された。
このような取り組みが評価され、2003年(平成15年)には「土木学会デザイン賞2003」の優秀賞を受賞している。

完成後はその景観から山口県の新たな観光名所となっている。
テレビCM、特に自動車のCM(レクサス・GS450h、三菱・ギャランフォルティス、スズキ・スイフトなど)のロケ地として多く採用されている。

また、完成当初は通行料金が無料の離島架橋としては日本最長であったが、2005年に古宇利大橋(沖縄県・全長1,960m)、2006年に新北九州空港連絡橋(福岡県・全長2,100m)、2015年に伊良部大橋(沖縄県・全長3,540m)と、本橋梁よりも長い通行料無料の離島架橋が建設されている。
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このように、美しい角島大橋。
是非一度は訪れて欲しいところだ。



住職ノート
実りの季節9月になりました。
昔は11月がコメの収穫時期でしたのに、ずいぶん早くなりました。
早速、田んぼで収穫した温かい新米を、お仏飯米としてお供えになりました。
まことに有難いご懇念です。
自分たちが口にする前に仏さまに・・・・。
我先にの罷り統る現代に、大いに学びたいものです・。

今月前半の標語は
  「正直者には 正直者の光 お母さんにはお母さんの光 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」
としました。
阿弥陀経の一節から引用しました。
私たちもそれぞれ違う。
能力も違うし、顔形も違う。
しかし、人間ということにおいて差はない。
違うままにそれぞれが美しく輝いている。
相手を認め、それぞれ称賛しあえる世界があるのです。
金子みすずさんは、それが「お浄土の世界」と味わっていたのです。



北海道(No.18)

たぬきたちは、札幌まで帰る。
札幌で訪れたのは、サッポロビール博物館。

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サッポロビール博物館(サッポロビールはくぶつかん)は、北海道札幌市東区にある博物館。
サッポロガーデンパークにあり、日本国内で唯一となるビールに関する博物館になっている。

1869年(明治2年)に開拓使が設置されると明治政府によって勧農・殖産興業が推し進められ、開拓使官吏の村橋久成やドイツでビール醸造技術を学んだ中川清兵衛を招聘して官営模範工場となる「開拓使麦酒醸造所」を1876年(明治9年)に創設し、現在のサッポロファクトリーがある場所に工場を建設した。
開拓使廃止後は農商務省の所管となり、1884年(明治17年)に「札幌麦酒醸造場」と改称している。
1886年(明治19年)に大倉喜八郎の大倉商会(大倉財閥)が麦酒醸造場の払い下げを受け、翌年に渋沢栄一らが譲り受けて「札幌麦酒会社」を設立し、現在のサッポロビールに繋がっている。

サッポロビール博物館の煉瓦造の建物は1888年(明治21年)設立の「札幌製糖」が1890年(明治23年)に建設した製糖工場である。
ところが、この製糖会社は原料となるビートの確保に誤算があったほか、不祥事が多発したため衰退の一途を辿って解散してしまう。
一方で、ビール工場は年々増える生産量に対応するため工場増設の必要性に迫られており、1903年(明治36年)に煉瓦造の製糖工場を買い取って製麦工場として使用した。
建物は改修や補強をしながら1965年(昭和40年)まで工場として稼働していた。
1966年(昭和41年)にサッポロビール創業90周年を記念して「開拓使麦酒記念館」となり、ビアホールの「サッポロビール園」を併設した。
その後、一時は取り壊しの声もあったが、歴史的な建物を残す機運が高まり、1987年(昭和62年)に「サッポロビール博物館」として開館した。
文化庁から国の重要文化財に指定したい申し出もあったが、重要文化財になると建物や内部設備の改装などに国の許可が必要になること、今後も会社を挙げて保存に努めるつもりであることから辞退している。
2004年(平成16年)と2016年(平成28年)に館内を全面リニューアルしている。

3階、2階、1階の順に見学していく。
建物の外には1876年(明治9年)開業の「開拓使麦酒醸造所」において当時工場前に積み上げられた樽を復元しており、白ペンキで「麦とホツプを製すればビイルとゆふ酒になる」と書かれている。
平仮名の一部は変体仮名であり、「れば」の部分は「連者」をくずした平仮名になっている。
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次に訪れたのは、「大倉山シャンツェ」。
札幌冬季オリンピックの舞台となった所だ。

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大倉山ジャンプ競技場(おおくらやまジャンプきょうぎじょう)は、札幌市中央区にあるスキージャンプの競技場(ラージヒル)。
宮の森ジャンプ競技場とともにナショナルトレーニングセンター(NTC)競技別強化拠点施設になっている。

1972年(昭和47年)の『札幌オリンピック』スキージャンプ競技が開催された場所であり、現在でもサマージャンプやナイタージャンプが可能な設備を整えており、国内大会や国際大会を数多く開催している。
ジャンプ台とその周辺は観光地になっており、標高307 mの展望ラウンジからは札幌の市街地や石狩平野、石狩湾を一望することができるほか、ジャンプ台の前には札幌ウィンタースポーツミュージアム、大倉山クリスタルハウスがある。
公式キャラクターとして「くらやん」(モデルはエゾモモンガ)が誕生している。

大倉山ジャンプ競技場誕生のきっかけは、1928年(昭和3年)に秩父宮雍仁親王が来道した際に、札幌に国際級の大型ジャンプ台を造る必要性を大野精七達に話したことから始まる。
翌年にはノルウェーからジャンプ台造りの第1人者であるオラフ・ ヘルセット中尉達が来札し、当時は無名の山に60 m級のジャンプ台を造ることを決めた。
1931年(昭和6年)にジャンプ台は完成し、ヘルセット中尉達を招聘して建設費を賄い札幌市に寄贈した大倉喜七郎の厚意に報いるため「大倉シャンツェ」と命名した(「シャンツェ」はドイツ語で「ジャンプ台」という意味)。
なお、無名の山に「大倉山」と名づけられると、「大倉山シャンツェ」と呼ばれるようになった。
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そして、夜は居酒屋で花咲ガニを食べ、大通り公園を散策した、たぬきじゃった。

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北海道(No.17)

そして、札幌に向けて道東自動車道を西に向かう。
この高速道路は、「〇男道路」とも呼ばれているらしい。
〇男とは、以前、物議をかもした北海道選出の国会議員だから分かると思う。
世間では、色々と取りざたされたが、地元では依然として支持者が多いようだ。

それはともかく、道東自動車道から下りて、国道274号を西方に向かう。
国道に入ると道路は片側通行の所があり、一部大きくえぐられたところもある。
これは、昨年8月に史上初めて台風が北海道に上陸。
しかも、1週間に3個もの台風が上陸した。
その時の爪痕が、このように今でも残っていた。

日勝峠への道路は、通行止めとなっており、途中のドライブインで昼食を摂る。

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この時は天候も悪く、十勝平野の眺望もあまり芳しくなかった。

日勝峠(にっしょうとうげ)は、北海道沙流郡日高町と上川郡清水町の境界にある峠。
峠の東側は十勝川水系、西側は沙流川水系である。
日高山脈の分水界であるが、両水系とも太平洋に注いでいる。

道央と道東を結ぶ交通の要衝である。
標高は1,022mであるが植生環境から見れば本州の標高3,000m級に匹敵する環境となっており、走行条件の厳しい峠となっている。
日高町大颱橋から清水町石山までの区間(33.3km)は、特殊通行規制区間になっている。
1年中霧の影響を受けやすく、特に夏期は清水町側を中心に著しい濃霧による視程障害が発生し、冬期は吹雪による視程障害が発生する。
このような悪条件などにより交通事故が多発する峠であり、視線誘導施設の設置や防雪・路面凍結対策などを施してきた。
登坂車線やブレーキ故障車に備えた待避所(緊急待避所)も設置されている。

2011年(平成23年)に道東自動車道が道央圏までつながり、峠越えの負担軽減が図られた。

2016年8月30日、平成28年台風第10号により被災、土砂流入、路面崩壊、落橋などが発生し、同日11時15分から日高町千栄〜清水町清水(延長43.8km)が通行止めとなった。
7号目付近、8号目付近、三国の沢覆道など複数箇所で大規模な崩落が発生、日高町内では千呂露橋、岩瀬橋、ニセクシュマナイ橋が落橋するなど壊滅的な被害を受けており、職員が徒歩や自転車で調査して66か所の被害個所を確認。
2017年秋ごろを目途に復旧工事が進められている。
国道38号狩勝峠も同様に被災して通行止めとなったため、道東自動車道占冠IC - 音更帯広IC間で通行料金の無料措置が実施されている。
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そして、たぬきたちは昼食の後、再び道東自動車道にもどり、一路、札幌に向かった。



北海道(No.16)

隠岐の話は、前回で終了。
北海道の続きを紹介して行こうと思う。

たぬきは、来週からインドへ行き、お釈迦さんの仏跡を訪ねて来ることにしている。
出来れば、それまでに北海道の旅のブログを終わらせたい。
そう思いながら今夜、ブログを書いている。

阿寒湖のマリモを見学してから、再び観光船に乗り「幸運の森桟橋」へ。
そこで下船し、「雄阿寒オンネトー」へ行く。
オンネトーとは、アイヌの言葉で「年老いた沼、あるいは大きな沼」というらしい。
火山活動によってできた湖だ。

この日は、天気が悪く、本来なら綺麗な湖水が見られただろうが、残念ながら雄阿寒岳もガスの中だった。

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しかし、オンネトーからの帰り道では、ミズバショウの群生しているところもあり、北海道の自然に触れることができた。

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北海道の広大な大地にある自然は、日本の大きな財産だと感じた、たぬきじゃった。





北海道(No.15)

チュウルイ島のマリモ展示観察センターへは、下の写真のような観光船で行った。

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なんともメルヘンチックな船だ。

マリモ展示観察センターへは、こんな道を歩いて行く。

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未知の周囲には、珍しい植物等がある。

センターの中に入ると、マリモの水槽が並んでいる。
目を引くような大きなマリモが展示してある。

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マリモ(毬藻、学名:Aegagropila linnaei)は、球状集合体を作ることで知られている淡水性の緑藻の一種である。
特に阿寒湖に生育するマリモは、美しい球状体を作るため日本の特別天然記念物に指定されている。

マリモは球状の集合体を形成するが、球状体一つがマリモの一個体単位というわけではなく、この球状体を構成する細い繊維(糸状体と呼ぶ)がマリモの個体としての単位である。
よく目にする球状の「マリモ」は、生物学的にはマリモの“集合体”である。
多くの生息地では、マリモは糸状体の形態で暮らし、球状の集合体を作らない。
見た目は柔らかそうであるが実際には硬い藻であり、手で触れるとチクチクとした感触がある。

日本では1897年に札幌農学校(現北海道大学)の川上瀧彌が阿寒湖の尻駒別湾で発見し、その形から「マリモ(毬藻)」という和名をつけた。
なおカール・フォン・リンネがスウェーデンのダンネモーラ湖からマリモを採取し学名をつけたのは1753年である。

日本ではマリモの生育が確認されている湖沼は以下のとおりである。
北海道:阿寒湖・釧路湿原内の中小湖沼(シラルトロ湖・塘路湖・達古武沼)・チミケップ湖
青森県:左京沼・田面木沼・市柳沼・姉沼・内沼・小川原湖
秋田県:獅子ヶ鼻湿原(にかほ市象潟)天然記念物に指定されている鳥海マリモ。直径1m以上もある世界最大のマリモもある。
山梨県:山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖(いずれもフジマリモ)
滋賀県:琵琶湖
富山県:タテヤママリモ

このうちマリモが大きな球状の集合体を形成するのは阿寒湖と小川原湖だけである。
また、富山県で発見されたタテヤママリモは、かつてはマリモと同一種とされ、誰かの放流説などが疑われていたが、DNA分析の結果、違う種であることが確認された。
全国各地に散発的に分布している。

阿寒湖のマリモは最大30cm程度と大きくビロード状の球状形態や希少性から1952年に国の特別天然記念物に指定された。
また、近年各地で個体数が減少しており、種として環境省のレッドリストで絶滅危惧種で掲載されている。
また、阿寒湖のマリモは直径30cm程度まで生長するが、太陽光の届かない中心部は糸状体が枯れて空洞になっているため、大きさを支えきれずに壊れてしまう。
だがその後は小さいマリモとなり、再び成長を続けていく。
なお3月29日は阿寒湖のマリモが天然記念物に指定された日であり、この日はマリモの日とされている。
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マリモ展示観察センターについては、下をクリックして見てほしい。

          マリモ展示観察センター

マリモの魅力に取りつかれた、たぬきじゃった。



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